海外遠征(番外編)
極寒のニューヨークを脱出して、一時帰国しました。

横に座ったフランス人のお嬢さんがとても感じが良い。

トイレ待ちしながら手を振られたのは初めての経験でした。

日本で避寒をするはずがとんでもない寒さと雪。あれ?
思わず悲観してしまう私。ここはどこ?

成田空港は雪のため飛行機が飛び立たず、駐機スペースがないため、成田上空を旋回すること1時間。
そこから見える雲の上の夕焼けに映える富士山、その横の夕陽。
思わず隣のフランス人に見せてあげました。
Regardez le Mont Fuji!

Beau Beau! Merci!

そこで機長から恐怖の貴重なメッセージ。

「当機の燃料は5時20分までしかもちません。」

えー!思わず昔見たダイハードを思い出しました。

「5時20分を過ぎて着陸できない場合は目的地を羽田に変更します」

ラッキー!

成田からの成田エクスプレスも動いていない状況で、羽田のほうが数倍帰路が楽。

期待を込めた機体は羽田に無事着陸しました。

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羽田でタクシー待つこと1時間、何とか家にたどり着きました。

今回の帰国は1週間なので、ほんとに限られた人、親しい人にしか伝えてなかったのですが、それでも慌しかったかな。

そんな中、一泊で熱川温泉に行きました。入浴ストーリー。学生時代に行った、懐かしのバナナワニ園も近くにあって、28年前に思わずタイムトリップした感じです。

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遠くに見えるのは大島です。
いいもんですね、NIPPONの温泉は。

珍しく朝風呂にも入ったし。

人情にも触れました。

雪のため急遽ブーツを購入したのですが、これが足になじまず靴擦れして、駅の待合室で愚痴っていた時のこと。

見知らぬおばさんが私のところに湿布を持って来て、「これを貼ると良いよ」との一声。

最初は何のことか分からずキョトンでしたが、私の足の心配をしてくれていたのです。

鎖骨を折ってアメリカに行った時もそうでしたが、人の優しさって良いですね。

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翌日は稲取に出向き、河津桜を愛でつつ、吊るし雛を見て、もやさまで大江麻里子さんも召し上がられた金目鯛の有名な店でランチ。

ホテルの朝ごはんを調子に乗って食べ過ぎた私は、定食が食べれず、金目鯛茶漬けでしたが、これもまた逸品でした。


旅行から戻ったあとはモッパラ買出し。

基本的にはニューヨークはお金さえ出せば何でも手に入りますが、それでも品薄のもの、好物のストロベリーチョコや下着、その他、いろいろ買い込みました。

最近、料理にはまっているので料理の本も。

折りしも、オリンピックで日本人の活躍も見れたし、良い休暇でした。
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モツ鍋(美味しかった)、お寿司、ラーメン、行きつけの蕎麦をしっかり食べて、明日、帰ります。
今度は鎖骨を折らないようにしなきゃ。

首都圏は水曜日から雪の可能性があるようですが、NYもかなり厳しい状況です。

これからニューヨークに旅行される方は、暴漢は言うまでもなく(そんなに物騒な感じはなくなりましたが)防寒対策をしっかりとされることをお勧めします。

次は夏に帰国します。今度は時間に余裕もあるかな。


次回こそ、ビリージョエルベスト10を。
自戒を込めて宣言します。


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# by new-york-story | 2014-02-16 15:20 | SIGHTSEEING | Comments(0)
BJ Half Time Show
明日はいよいよSuper Bowl。
昼間、Times Square 近辺を歩きましたが、FOXのブースが出来ていて、いよいよ臨戦態勢です。
BJはHalf Time Show。
ちょっと休憩です。
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前回、セントラルパークの写真を載せてふと思いました。
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その景色は今は雪化粧

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セントラルパークと言えば、サイモンとガーファンクル。
サイモンとガーファンクルと言えばサウンド・オブ・サイレンス。
このサウンドオブサイレンス、ググってみると遡ること半世紀前、1966年の曲です。
同じ年には The Supremes の "You Can't Hurry Love"もあったり。
ふと、思わず昔のニューヨークに想いを馳せてしまいました。
ジョン万次郎、野口英世、秋山真之、志ある先達はこの地で何をしていたのだろう。
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そもそもニューヨークはインディアンしか住んでいなかったところ。
コロンブスによるアメリカ大陸到着以来、ヨーロッパ人が移り住み、思い思いの地名をつけた名残があちこちにあります。
Manhattanは「丘の島」という説。
Wall Streetはインディアンの防壁がルーツとも言われ。
Hudson Riverはイギリスの探検家、ハドソン氏が由来と伝えられてます。
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そしてNew Yorkは、オランダからの移民が多く、当初は「ニュー・アムステルダム」だったのは有名な話ですね。
英蘭戦争を経て、オランダからイギリスに統治が移ったのを機会に、後に英国王・ジェームス2世となるヨーク候にちなんで「ニュー・ヨーク」になったと言われています。
翻って、日本だと・・・新大阪、新横浜、新蒲田・・・新橋?なんか違うなぁ。
ところで、新西蘭ってどこの国だか分かりますか?
答えはニュージーランド。分かりやすいような、分かりにくいような。
なんてことを考えながらマンハッタンを歩いていると、色んな地名があって結構楽しい。
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ハーフタイム、そろそろ終わりです。
次回は、Best of Billy Joel、当選者の発表です。


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# by new-york-story | 2014-02-02 06:42 | MUSIC | Comments(0)
BJ Second Quarter
それにしてもNYは連日、記録的な極寒が続いてます。
Second Quarterはニューヨークの象徴、こちらに来てから撮りためたセントラルパークの写真とともに。
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まず、このブログのドメイン、turnstileはビリー・ジョエルのアルバム、The turnstiles(ニューヨーク物語)から拝借してます。
本当は、原題に忠実にturnstilesにしたかったんだけど、誰かに取られてました。
ちなみに、turnstileは地下鉄の回転式の出入口です。
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ビリー・ジョエルのアルバムはThe Stranger、52nd Streetからレコードは欠かさず買ってましたが、そんな中で、時代はCDに移っていきます。
ネットの情報によると日本で初めて生産が開始されたのは1982年で、最初にCDとして発売されたのがこの52nd Streetらしいですよ(もやさま風に)。
当時は、あまのじゃくにCDなんか聞かないよ、と思った自分がいて、レコードにスプレーかけて、ターンテーブルに置くのが好きでした。
後にCDの紙ジャケなるものも登場して、レコードの持つレトロな雰囲気はみんな好きなんだなと実感した次第です。
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とりわけ、初期のビリー・ジョエルはビートルズの雰囲気、ポール・マッカートニーの歌唱スタイル、ジョン・レノンの曲調、彼自身にレトロな雰囲気を感じたのは僕だけでしょうか。
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そして悲しいことに、いつの頃からかビリー・ジョエルのアルバムは買っても、繰り返し聴くのはいつも古いアルバムになっている自分に気づきました。
繰り返し聴いていたのはイノセントマン辺りまでかもしれません。
イノセントマンは、突き抜ける明るさでとても元気になった記憶があります。

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このアルバムでは、ハーモニカ奏者のトゥーツ・シールマンスが参加していて(Leave a Tender Moment Alone)、後々、Blue Note Tokyoに聴きに行った記憶があります。特に52nd Streetは、フレディ・ハバードがZAMZIBARでトランペットを吹いてたり、MY LIFEにはピーター・セテラがバックコーラスで参加していたり、今となっては、ずいぶん贅沢だったなぁと思う次第です。今でこそ多少聴きますが、当時ジャズを聴いていたら(中学生には無理な注文ですが)、アルバムの印象も違ったのでしょうね。
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次回は、勝手ながら、My Choice of Billy the Best、書かせて頂きます。
見事に一位を当てられた方には、漏れなく、ニューヨークのお土産を持参します。
当選者の発表は、BJ Third Qaurterにて行います。
それまでにどしどしご応募ください。
絶対当てらない自信があります(笑)。




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# by new-york-story | 2014-01-31 13:27 | MUSIC | Comments(3)
BJ First Quarter
年末にNew York Giantsのアメフトの試合を見た時、オープニングで国歌の演奏をしたのは懐かしいリッチー・カナータでした。
ビリージョエルのかの名曲、New York State of Mindで清清しくサックスを吹いていたのが印象的です。

年末にテレビでケネディセンターの名誉賞の表彰式を見ました。
アメリカの芸術分野で多大なる功績を残した人々に贈られる賞。
今年は、ビリー・ジョエルを初め、シャーリー・マクレーン、ハービー・ハンコック、カルロス・サンタナ、マーティナ・アローヨが選ばれ、オバマ大統領夫妻から直々に記念のメダルを与えられていました。

さらに、先日、マンハッタンを歩いている時、こんな装飾を目にしました。
"We are in a Super Bowl State of Mind"
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これはもうビリージョエルについて書くしかないだろうと。
ただ、長くなるのは明らかなので、アメフトに因んで、4回に分けて。
たぶん、突っ込みたくなる人、たくさんいるんだろうなぁ。

ビリージョエルとの出会いは、中学生の時。
チョコホットのコマーシャルでした。
外人の男の子が美味しそうにチョコホットを飲む画像とともに「僕の青春。一杯のチョコホット。甘さ抑えて新しい美味しさ」のコピー。
その時聞いたHonestyにやられました。

クラシックの世界に、にバッハ、ベートーベン、ブラームスがいるように僕の中のポップスには、ビリージョエル、ボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェルという3人のBがいます(次点はバリー・マニロウですが)。
私の好きなサザンにも多大なる影響を与えたビリージョエル、かの名盤「52nd Street」の発売は78年。
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78年といえば、サザンが「勝手にシンドバッド」を引っさげ、センセーショナルなデビューをした年。
思えば、キョンキョン、明菜がデビューする82年より前からビリージョエルを聞いていたことになります。
天気が良いときには家から会社まで約30分。
音楽を聴きながら歩いて通っていますが、やはり52nd Streetが一番似合うかな。

第1Qの終了です。

では。

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# by new-york-story | 2014-01-25 13:36 | MUSIC | Comments(1)
YUKIMI-ZAKE
またしてもニューヨークに非常事態宣言。
最高気温がマイナス11度。

バラが凍り、バナナで釘が打てます。
アメリカ人の友人と日本食を食べに行こうと話していた夜でした。
マンハッタン在住者だけで雪見酒を決め込みました。
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ごまだれで食べる畳いわし。美味しかった。
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帰りの家の前。大変なことになってました。
この日がスーパーボールだったらどんなことになっていたんだろう?
それでも行っちゃうんだろうなぁ。


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# by new-york-story | 2014-01-23 13:38 | GOURMET | Comments(0)
Super Bowl
マンハッタンもSuper Bowlの装飾が多くなってきました。
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2月2日のNY(正確にはNJですが)でのSuper Bowlも昨日遂にデンバーとシアトルに顔ぶれが決まり、僕も昨日は午後からAFC、夜からNFCとテレビで梯子でした。
特にAFCの決勝は、デンバーのペイトン・マニング、ニューイングランドのトム・ブレイディという当代きっての名QBのマッチアップで、個人的には事実上のSuper Bowlだったと思います。
最近は極めて高い運動能力を武器に、投げるだけでなく走りまくる、いわゆるモバイルQBが多くなりましたね。
その意味では、マニングとブレイディは僕の好きな古典的なタイプのQBだと思います。

というわけで、僕の人生、二度目のアメフトマイブーム、来ちゃいました。

思い起こせば、第一次ブームは高校生の頃です。
当時はサンフランシスコのジョー・モンタナが活躍し始めた頃で、まさにスターになっていく過程にワクワクしてました。
強烈な父性でチームを引っ張り、「絶対大丈夫!」という雰囲気を常に醸し出すところに惚れ惚れしたものです。
なんというか、モンタナの試合を見るのが待ち遠しくてたまらないという感じだったのを覚えてます。
ちょうど、今回のデンバーの試合に当時のデンバーのエース、今や球団副社長のジョン・エルウェーが来て挨拶してましたが、他にもマイアミのダン・マリーノ、バッファローのジム・ケリー、ダラスのトロイ・エイクマンといったいわゆる伝統的なスタイルの名QBの時代でした。

高校生の頃は昼休みにやわらかいボールでタッチフットボールをして遊んでいたのですが、ラグビー部のE君がY君に本格的なタックルをしてしまい、危うく病院騒動になりかけたのを機会に幕を閉じました。
大学1年の時には、西海岸に一ヶ月ホームステイをしました(短期留学という人がいますが、決して留学ではない)。
その時に近所の小学生たちと、よく海岸でタッチフットボールをして遊びましたが、僕にQBをさせてくれるのは良いのですが、砂浜にフォーメーションを書いて、「僕はここを走るから5秒後にここにパスを投げて」と細かくプレーコールをするのです。
綺麗にタッチダウンが決まると爽快でしたが、そこにパスが行かないと怒る。
小学生でこのレベル、やはり日本人とは土台が違うと思いました。

閑話休題

1995年、偉大なるモンタナが引退した年にアメリカに来ました。
地元のカロライナ・パンサーズをひたすら応援した2年間でした。
地元で仲良くしていたアメリカ人夫妻とスポーツバーに行った時のこと。
そのスポーツバーではモニターで全米中の試合が流れているのですが、同時に、QBを一人選んで、次のプレーを予想して点数を競うというゲームがありました。
「右、左」、「パス、ラン」、「長い、短い」程度の組み合わせのゲームでしたが、不肖、私、サンフランシスコのスティーブ・ヤングを選んで一度その店で成績がトップになったことがあります。
アメリカ人のだんなさんは結構驚いてました。
アメフトというのは、本当にアメリカのスポーツなんですね。
その昔、プラトーンっていう映画がありましたが、攻めと守りの二つのプラトゥーンで役割分担をしながら、QBという司令塔の号令直下、一丸となって戦う、ある意味軍隊的な雰囲気もあります。
まだスポーツバーには行っていないので、近いうちに行かなきゃ。

もうすぐ一時帰国します。
Super Bowlグッズに興味のある方、まだ間に合いますよ。
買って帰りますので、ご一報ください。
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(BurbonとCDは含まれません(笑))
では、また近いうちに。


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# by new-york-story | 2014-01-21 10:03 | SPORTS | Comments(0)
Hospital and Hospitality

雨上がり。
自転車。
排水溝。

スリップ
横転。

9
月末の渡米前日、まさかの鎖骨骨折

「鎖骨が折れています。どうしますか?」

(どうしますか?何を?)「どういう意味ですか?」
「手術するか、このまま様子見るか?」

(ちょっと待って)「明日からアメリカに行くのですが」
「えっ、いつ帰ってきますか?それは行かないと駄目ですか?」

(いつ帰ってくるか、僕に聞かれても)「赴任なので分かりかねます」
「レントゲンを渡します。推薦状書きますので、向こうに行ったらすぐに・・・」

渡米の餞別に高価なギブスを頂戴した。

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NYから連絡があり、お怪我されたと聞きました。JFKでは現地社員が手荷物受け取りのところまで同行します。客室乗務員にも伝えてあります。ご心配は要りません。」

「大変そうですね。税関まで一緒に荷物持って行きましょうか(in English)?」

未だ見ぬ同僚の迅速な手配、成田の航空会社の窓口での配慮、飛行機で隣になっただけの紳士の親切。

ただただ、感謝した。

アメリカ到着し、午後から会社に挨拶。その場で日本人医師のいる病院の予約。

痛みの中で聞いた日本の整形外科の言葉がリフレインする。

「鎖骨骨折の場合、アメリカの医者はすぐ手術をする傾向があるが、日本では保存療法が基本。すぐに専門医に行かず、出来れば日本人のホームドクターを探すことをお勧めします」

アメリカはホームドクター(主治医)の世界。

まずはホームドクターが診察をしてから専門医の紹介を受けるのが通常。

その言葉通り、日本人ホームドクターの診断は1ヶ月、保存療法で様子を見ることだった。
恐らくこのまま骨は治るだろう。そう信じて疑わなかった。1ヶ月後までは。

「骨の付き方が・・・専門医に見せたほうが・・急いで手術・・。」思いもよらぬ診断結果に言葉をなくす。

手術、全身麻酔、体内にボルト・・・目の前が真っ暗に。


体に金属を入れると、ゴルフの飛距離は伸びるのだろうか。飛行機乗るときにピーって鳴らないだろうか?

セカンドオピニオンを求め、HPで探して別の診療所を訪ねた。

選んだ決め手は、鎖骨の権威、A先生と提携していること。

この権威の診察に一縷の望みを託したかった。

想定通り、その診療所の一次診察の結論も前の病院と同じ。即手術。

いよいよ外堀は埋まった。

もはや選択肢は手術しかない。

しかもなるべく早く。

「手術の前の検診が必要なので、A先生を紹介します。速やかにアポを取って会いに行くように。」

いよいよ、件の鎖骨の権威、某大学病院勤務のA先生を紹介される。
二日後、その専門医の診察が大きく事態を動かすことになるとはこの時は想像する由もなかった。

当日、専門医の前にまずアシスタントドクターが露払い。
そのアシスタントドクターの言葉からおかしな雰囲気が漂い始めた。

「これは大丈夫。僕ならこのまま経過観察をするよ。レントゲンのここ見てごらん・・・」
「君の肩はよく動いているから、元通りに動くと思う」

「手術をしたほうが良いと言われましたが」
「いや、その必要はないと思うよ。ただ、診察をするのはA先生だから、僕の意見は参考にならないけど」

ここで真打の登場。診察室には表彰の数々。中にはTeacher of the Yearもある。予想していたよりはるかに若い。

僕のレントゲンを見るや否や目の前でいきなりアシスタントに講義を始めた。
「この骨折は最悪ではない。付き始めているのが分かるだろう?」

そこで僕に向き合った彼から思いもよらぬ一言が発せれられる。
「君に二つのオプションを上げよう。肩の出っ張りは完全には平らにならないかもしれない。また、肩の可動域は10%程度、狭まるかも知れない。それが嫌なら手術しよう。気にならないなら手術は不要。最悪でもこれから4ヶ月間は手術が間に合うのでそれから手術しても遅くはない。緊急性はなし。どうする?」

僕にファーストネームで親しげに語りかけ、それでいて自信にあふれた口調。

安心感で泣きそうになった。
(ゴルフの飛距離も10%減るのだろうか?)

「家族と相談させて欲しい」

体にボルトを入れる・・・全身麻酔・・・。

やはり手術に踏みきれない自分がいた。

「やはり手術はしない方向にします」
OK。問題ないよ。では、1ヵ月後にもう一度会いましょう」

12月末。完全にくっついてはいないものの、遂にリハビリのゴーサインが出た。再度2月末に診てもらう予定。ここが手術の最終デッドラインとなるだろう。

フィジカルセラピーはパウダーマッサージ、超音波、ローション、振動、様々な刺激を与え、筋肉を強化し、それによって骨を押さえ込むらしい。

週に三日、気持ち良くてつい居眠りしてしまう。

セラピストも目を見張る回復とのこと。

いまや出っ張りも触らないと分からない状態まで戻っている。

可動域の問題もなさそう。


これから、日本に一時帰国。

自宅で出来るトレーニングも万端。
後はまた自転車で転ばないことを祈るばかり。

アメリカの医療制度に戸惑いながら、周囲の気配りに感謝しながら、何とかここまでこぎつけた。

そして、良い病院に通うことの大切さを痛感した。
手術するなら、この先生に執刀してもらいたい。
アメリカでそんな医者に会うとは思わなかった。

では、この辺で。

マンハッタンは今日も雪。夜は我が家でしゃぶしゃぶパーティです。

PS
 思い切って文体変えてみました。如何?


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# by new-york-story | 2014-01-19 00:22 | LIFE | Trackback | Comments(1)
牡蠣食えば
「金がなくなり、もう10時。」

正岡子規へのオマージュで始めてみました。

本日、日本から人が来て、「どこかアメリカらしいところに行きたい!」
ということで、ステーキハウスと迷った末、オイスターバーにお連れしました。
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実は、牡蠣はちょっと前までは苦手な食べ物でした。
五反田のオイスターバーで、仕事の関係で食べざるを得なかった時に、食べた牡蠣にはまり今ではすっかり大好物です。
数年前に広島に出張した時には、次の日の仕事を顧みず?上司と一人15個食べてしまいました。
まさに食わず嫌いの典型。しいたけだけはまだ駄目ですが。。。
生、焼き、炒め、フライ、蒸し、鍋、、、どれも美味しいですが、やはり生ですね。
当地でも生食用の牡蠣を普通にスーパー売ってますが、まだ家で生牡蠣を食べたことはありません。

こちらに来て、少しずつですが料理を始めました。
次回あたりは料理考など、ご披露したいと思います。

では。

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# by new-york-story | 2014-01-15 13:51 | GOURMET | Trackback | Comments(0)
Statue of Liberty

今年のスーパーボールはニューヨーク開催です。
街中にはそろそろスーパーボールの装飾が始まってます。
先日、会場となるMetLife StadiumにGIANTSの試合を見に行きました。
寒かったけど、アメフト好きの私にはたまらない時間でした。


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残念ながら今年はNYのGIANTSもJETSも既に道は絶たれてますが、今まさにスーパーボールに向けたプレーオフの真っ只中です。
今日は、カロライナとサンフランシスコのプレーオフがあり、残念ながらカロライナは負け、サンフランシスコがシアトルとの決勝に進出しました。
思い起こせば、カロライナ・パンサーズは1995年にNFLに加盟し、当時ノースカロライナに住んでいた縁でペプシ片手にカウチポテト(死語?)しながら、一生懸命応援していた思い出のチーム。
因みにペプシはノースカロライナの薬剤師が売り出したのが発祥らしいです。
当時はサンフランシスコに軽くあしらわれていたのが、いまやホームでサンフランシスコとプレーオフを戦うのは感慨深いものがあります。

さて、昨日から始めたMFB48ですが、不思議なもので一旦始めるとなんか書かないという感じになります。
年末から年始にかけて家族が遊びに来た時に、アメリカの誇る世界遺産、自由の女神を見に行きました。
ちょうど年末の大寒波で、NYに非常事態宣言が出た翌日で

どうなることかと思いましたが天気は快晴、女神はとても綺麗でした。

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正式名称はLiberty Enlightening the World、世界を照らす自由。
Statue of Libertyなら自由の像。
それにしても、「女神」とは誰が名付けたのか、思いを馳せずにはいられません。
古の時代、アメリカめがけて世界各地から船で来た移民にとっては、遠くに見てえくる姿は間違いなく女神だったのでしょう。
一度は行かないとと思っていた自由の女神。
こんなに早く、天気も良く、機嫌の良い女神に会えて良かったです。
おあとがよろしいようで。




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# by new-york-story | 2014-01-13 06:07 | SIGHTSEEING | Trackback | Comments(0)
MFB 48

NYに来て3ヶ月が経過しました。

鎖骨の骨折で幕を開けたマンハッタンライフも、傷も癒え、リハビリも始まり、生活もようやく軌道に乗ったかな、ということで、
ブログでも始めてみようかと思い立ちました。

今年は年男、あと1か月で48歳になるところでのMy First Brog

そんな訳で、記念すべき初回のタイトルはMFB48です。

今日、気温も珍しく10℃を超え、かなり暖かく、陽気に誘われるようにフリック美術館に行きました。

お目当ては、フェルメールのHet meisje met de parelです。

何しろ来週末までの限定展示、ものすごい人でした。

家からMuseum Mileを歩くこと約10分。
散歩気分で行ったら10時半で既に長蛇の列。

そもそもフリック氏の私邸を投じた美術館、そんなに大きくないので入るのに入場制限です。

列に並んだところまでは良かったのですが、30分経っても半分も進まず、ここは奥の手を使うことにしました。

メンバーさん($75)になって別ルートから入ることにしたのです。

それでも、メンバー手続きも行列で手続き完了まで15分待ち。

同じことを考える人はたくさんいるんだなぁと実感しました。

美術館到着から約1時間後、いざ少女の前に来た途端、一歩も動けなくなりました。

言葉では説明しにくいのですが、大げさではなくて、とにかく少女の絵の前を離れられない。

この感覚は数年前に興福寺の阿修羅像を見た時とまったく同じ。
次の展示に行こうという気が起きないのです。

これが人を感動させる名画の力かと、つくづく実感しました。

素晴らしかったです。本当に素晴らしかった。

普段から絵をみるタイプではないですが、それだからこそ、この絵に出会えて良かった。

これだけでメンバーになったモトが取れたと思います。

日本でも同じ展覧会を去年あたりにやっていたようですが、せっかくこの地にいるのだから、メトロポリタンとかMOMAとか、
これからもあちこちどんどん見に行かなきゃ、と思いを新たにした次第です。

2003年に映画になっているようですが、コリン・ファースのフェルメール、スカーレット・ヨハンソンの少女、
観てみたい気もします。

折角来たので、お土産もメンバー割引で。

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我が家のテーブルの上には、あの真珠のイアリングをした少女がたたずんでおります。

あまり飛ばすと後が続かないので、本日はこの辺で。

 


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# by new-york-story | 2014-01-11 02:47 | MUSEUM | Trackback | Comments(0)
  
New York Story
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